【ヨーロッパ世界の形成】カールの戴冠について
カールの戴冠について
なぜカールの戴冠が行われたんですか?またカールの戴冠によってなにが起きたんですか?
進研ゼミからの回答!
【質問の確認】
なぜカールの戴冠が行われたんですか?またカールの戴冠によってなにが起きたんですか?
【解説】
●カールの戴冠が行われた背景(理由)
カールの戴冠が行われた背景は、ビザンツ皇帝の支配下にあるコンスタンティノープル教会と対立したローマ教会が、ビザンツ皇帝に対抗できる強力な保護者を必要としたからでした。
では詳しくみていきましょう。
ゲルマン人への布教のために、キリストなどの聖像を用いていたローマ教会は、ビザンツ皇帝レオン3世が出した聖像禁止令(726年)に反発し、これをきっかけにビザンツ皇帝支配下のコンスタンティノープル教会との対立を深めました。
このため、ローマ教会はビザンツ皇帝に対抗でき守ってくれる政治勢力を求めるようになります。そこで、ローマ教会はこの頃台頭しつつあり、トゥール・ポワティエ間の戦い(732年)で、イスラーム軍を撃退してキリスト教世界を守った、フランク王国と手を結ぶことにしたのです。
フランク王国はカール大帝の時に西ヨーロッパをほぼ統一して、ビザンツ帝国と肩を並べる強国となりました。そこでローマ教皇はローマ教会をカールに守ってもらうことに決め、教皇レオ3世は800年にカールにローマ皇帝の帝冠を与えたのです(カールの戴冠)。
●カールの戴冠によって起きたこと(歴史的意義)
カールの戴冠の意義は西ヨーロッパが政治的・文化的・宗教的に独立し、西ヨーロッパ中世世界が成立したことでした。
これは、カールの戴冠によって、政治的には西ヨーロッパがビザンツ皇帝の権威からのがれて独自の権威をもった政治勢力となったこと、そして、宗教的にはローマ教会がフランク王国を後ろ盾にビザンツ皇帝から独立した地位を確保したことを意味しています。
また、カールがローマ皇帝の帝冠を与えられて統治した広大な帝国は、古代の帝国の復活ではなく、ローマ以来の古典文化・ゲルマン人・キリスト教の3つの要素からなる新しい一つの文化圏で、西ヨーロッパ中世世界の誕生となったのです。
【アドバイス】
ローマ教会とフランク王国が結びついて西ヨーロッパ中世世界が成立していく過程では、カロリング朝のピピンとローマ教皇との関わりにも注目してみましょう。
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