UPDATE 2018.05.16

普通の女子大生が
アフリカ支援に目覚めた理由

「社会起業家」とは社会課題を解決するために会社やNPO、NGOを立ち上げた人のことです。今回は西アフリカ「シエラレオネ共和国」の就労支援に取り組む社会起業家の下里夢美さんに話を聞きました。

平均寿命50.3歳!西アフリカ「シエラレオネ」への挑戦

シエラレオネの人々と下里さん

—早速ですが、下里さんが代表を務めるNPO法人アラジについて教えてください。

下里さん(以下、下里):誰もが自分の夢を実現するためのステップを踏むことのできる世界の実現を目指し、シエラレオネ共和国の貧困削減と就労支援活動のため国際協力活動を実践しています。現在はシエラレオネと日本の双方で活動をしています。

※詳しくは NPO法人アラジ HPをご覧ください。

自分自身を生きるのに必死だった高校時代

高校時代の下里さん

—社会的意義のある活動をされていて、最近はテレビ等にも取り上げられているとのことでしたが、子どもの頃からずっと国際協力を志していたのですか?

下里:いいえ。母子家庭で育ったため、(母は自由にしてよいと言ってくれていましたが)堅実に就職して早く母を支えたいと思っていました。

高校は特進クラス、部活も県内1位の吹奏楽部に入部しトランペットを担当。ちょうど母が再婚したばかりで複雑な家庭環境と、過酷な部活・勉強のストレスに当時はとても苦しみました。特に一番苦しかったのはテスト期間でしたね(苦笑)。

テスト期間には、毎日死にもの狂いで頑張っている部活がやっと休めるため、その解放感からいろいろな誘惑にかられて勉強が手につかないことも……。世界のことなんか目に入らず、せまーい山梨県で自分自身を生きることに必死だったんです。

転機はテスト期間に偶然目にしたテレビ番組

—そんな中、何が転機となったのですか?

下里:高校2年の3月7日のテスト期間中のことでした。昨日のことのように覚えているのですが、その時8か国のストリートチルドレンに焦点をあてた有名なTV番組「世界がもし100人の村だったら」※注 を偶然視聴した時のことです。

  • ※注 2009年3/7(土)21:00から放送していた、フジテレビ土曜プレミアム『世界がもし100人の村だったら6』

シエラレオネの子どもたち(イメージ)

下里:テレビに映るシエラレオネの男の子は、長く続いた「ダイヤモンド紛争」※注 の犠牲者でした。10年以上も市民を巻き込み抗争し合った戦争の中で両親を目の前で殺され、復興の兆しの見えないこの国で、学校にも行けず、その日食べるものもなく、ダイヤモンド鉱山で日々鉄クズを探しながら、兄弟を養うことに精いっぱいで過ごしている8歳の「アラジくん」の姿にくぎづけになりました。

  • ※注 政府と反政府軍RUFがシエラレオネのダイヤモンドの鉱山の利権をめぐり戦った内戦(1991年‐2002年)

「何も欲しいものはないから、勉強がしたい」

—高校卒業後、進学はどうされたんですか?

下里:「何も欲しいものはないから、勉強がしたい」と言うアラジくんの言葉が忘れられず、高校を卒業後、国際協力が学べる大学を志しました。進学後は先生にも恵まれ、「バングラデシュ共和国」でのプロジェクトの視察や、NGOでインターンをする機会がありました。

でも、周りと比べると意識の高い学生ではありませんでしたね。焼肉屋で稼いだバイト代を焼肉かカラオケに散財し、日がな一日彼氏か友達が泊まりに来てオールで宅飲みという、だいぶお茶らけた女子大学生でした。でもなぜか「アラジくん」のことは1日も忘れたことがありませんでした。

それでも、社会貢献で生きていくことをあきらめたくない

就労支援事業で制作しているアフリカの布のドレスを着てシエラレオネで活動中の下里さん

—当初は起業も考えていなかったとおっしゃっていましたね。そこからどのように団体を立ち上げていったのですか?

下里:就職活動が1つの分かれ目でしたね。せっかく大学で「国際法」や「NGO論」「フェアトレード」などを学んだのに、それをどう企業で生かしていけばよいのかわかりませんでした。

葛藤した末、在学中にとあるNPO法人でアルバイトスタッフになり、卒業後は広報の有給スタッフになったんです。並行して、資金調達の方法を学んだりWebデザインの専門学校に1年間通ったりしていました。

そんなある日、偶然私と同じように「アラジくん」がきっかけでシエラレオネに一人で渡航した経験を持つ女性に出会いました。すぐに意気投合し一緒に任意団体を立ち上げたのが今のNPO法人アラジの始まりです。

視野を広く持てばなんにだってなれるよ!まずは発信して!

テイラーと布の下見をする下里さん

—アラジといえば毎年活動を拡大し続けていますよね。これからの夢美さんの夢について聞かせてください。

下里:まだまだやりたいことはたくさんあるし、夢の途中だと思っています。例えば、シエラレオネで2020年までに収入向上サポートの受益者を約100名に増やしていきたいです。並行して、日本大使館のない国なので、いつか自分がシエラレオネ大使となって、大使館設立の架け橋となりたいですね。生活としては20代のうちに結婚、出産してライフワークを両立できるNGO職員になりたいです(笑)。

あとは、シエラレオネの子どもたちって、日本よりずっと向上心があるんです。日本にはそれが足りないと思っているので、日本の子どもたちへも学びを提供していきたいですね。

今起きてる問題をしょうがないってあきらめてしまう人が多い

下里:これは高校生に限らずですが、現状に文句だけ言って何もしない人が多いなと思いますね。勉強やだな、偏差値やだな、でも文句言うだけ。なんで、それを変える人にならないの?って私は思います。

状況を変えるのは難しいと思っているかもしれないけど、意外と発信し続ければ、誰かが覚えていてくれて助けてくれたりしますよ。これは持論ですが、何かを変えるためには優秀であること以上に「私はこれがやりたい」と発信し続ける力が大切だと思います。

やりたいことが好きである必要はない

生き生きと活動に取り組む下里さん

—下里さんはいま目標に向かって突き進んでいますが、やりたいことがないという子もきっといると思うんですよね。そういう子はどうしたらよいでしょうか?

下里:やりたいことがないひとは、みつけられていないんだと思います。メンツ、親、就職、社会的な見え方にこだわってると自分が本当にやりたいことを見失ってしまいます。自分の素直な「やりたい」という意思を尊重するのがよいと思います。 それでも見つからないなら……「やりたいことが好きである必要はない」と思います。もちろん、ネイルが好きだからネイリストになるというような進路の選び方もあると思います。でも、アフリカが大好きなわけではないですが、問題意識やショックを受けた経験から進路を決めていった私みたいに、世の中の、自分が納得ができないと思ったことを研究し、選ぶのもよいと思いますよ。

—最後にメッセージをお願いします。

語りかける下里さんの写真

下里:日本の高校生はシエラレオネの子たちと違ってなんにでも挑戦できる。失敗しても死ぬことはないような国にいるのになんで挑戦しないの?って思います。

最近は「意識高い系」っていう言葉が揶揄(やゆ)として使われていますが、(自分の学生時代を棚に上げると)むしろ高くないと逆に大丈夫?って感じですね。発信し続ければ、チャンスは向こうから現れてくると思うので、やりたいことを見つけて怖がらずに挑戦してほしいですね。

編集者:いかがでしたか? 高校時代に見た1つのTV番組が下里さんの活動のすべてのきっかけになっていることがわかります。何か挑戦してみたいことがあって、「でもこれはもっと子どものころから志している人にしかかなえられないんだろうな…」とあきらめそうになったら、下里さんの話を思い出してみると、勇気づけられるかもしれません。

ぜひ今後の進路選びを考える際の参考にしてみてくださいね。

▼下里さんや「特定非営利活動法人Alazi Dream Project」についてもっと知りたい方はぜひこちらもチェックしてみてください。

「特定非営利活動法人Alazi Dream Project」

【今回の社会起業家】
■下里 夢美(しもさと ゆめみ)

1991年生まれ。26歳。特定非営利活動法人Alazi Dream Project代表理事。桜美林大卒業。世界で最も命の短い国・シエラレオネ共和国で就労支援をめざし活動。
特定非営利活動法人Alazi Dream Project・代表
輝く女性のための夢インタビューサイト キアラ・編集長
アフリカ女子部・部長
・ブログ「みためはコドモ・ずのうはオヤジ」

<この記事を書いた人>
進研ゼミ高校講座編集室 藤原 愛
3分ニュースライター。ボランティアや社会起業に取り組んでいる人を紹介するのが好き。

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